疲れてふらっと寄ったoazoの丸善で衝動買いしたエドワード=レルフの本2冊のうち1冊を読了。新近効果かもしれないが、最後のポストモダンの景観についての記述が演習で考えていることと相俟って印象的。表層と背後、見える変化と見えない変化(物的・社会的)。感想は後で書きたい。
もう1冊の「場所と没場所性」も読まなきゃ。
都市再生は私にとって「あんまりいいイメージないけど詳しいことは知らないやつ」のひとつだった。批判(あるいは非難?)するのは簡単だけど、①実態はどうなのか、②どこが問題なのか、といったことを知らずに批判のための批判をするのは恥ずかしいので読んでみた。
詳しい感想はあとで追記したい。
進路を考えざるを得ない時期に直面するにあたって考えたことのメモ。所詮学部3年生かつ不勉強ゆえざっくり括ってあって正確性は全く自信がないが、何を考えていたかを残しておくために記録。公開の必要は必ずしもないが…。
学問的なモデルの存在も然ることながら、都市は個別性がきわめて高く、行政の諸政策や民間のプロジェクトの成否(この表現は微妙なのでいずれ書き換えたい)やそれに至るプロセスも個別性によるところがきわめて大きいと思う。
こうした個別性に対してどの角度からかかわるのか、また、どの深度でかかわるのか、どのくらいの数(案件数)でかかわるのかといったことは進路を選ぶに際してひとつのポイントたりうる。都市の個別性に魅かれて都市を学んでいるのであれば、むしろ都市の個別性から一歩身を引いてしまうと感じる進路を選んでしまうことには慎重になったほうがいいかもしれない。一歩身を引くというのは角度なのか、深度なのか、数なのか、そのうちの複数なのか、それ以外の要素があるのかはよくわからない。
たとえば、数や深度でいえば、個別性に広く浅く触れるのと狭く深く触れるのではどちらがいいのか。はたまた、キャリア形成として、広く浅くと狭く深くの両方を触れるという道もあるかもしれない。
小沢健二 featuring スチャダラパー - 今夜はブギー・バック(nice vocal)
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駒場には川が流れていました。
おそらく初めて聞いた方はびっくりされるでしょう。
この川は、今も流れています。
一部は駒場商店街近くの暗渠として。
そして一部はキャンパス内に。
坂下門を入ると左手にちょろちょろと流れる小川がありますが、これです。
ここに書いてあるので、興味がある方はご覧になってみると面白いかもしれません。
駒場と"川"といえば、駒場池(一二郎池)も昔の川の名残だったという話も聞いたことがあるかもしれません。
キャンパス内において、昔の川の名残が"池"という形で残っているのは、"現在では"、駒場池のみです。
そう、現在では。
過去には実はもう一か所あったのではないか…ということをいま考えています。
坂下門付近を流れている川は、明治30年の駒場の地図によれば、当時は銀杏並木より北のほう(現在の野球場の近く)を水源としていたようです。
そして、1970年代の駒場の住宅地図を見ると、野球場の西に池のようなものが確認できます。(今はおそらく存在していません。地図上でしか確認していませんが。)
上の二つのことを考えると、この池も川の名残だったんじゃないだろうかと推測されます。
で、おそらくこのことはまだネット上で調べている人がいないんじゃなかろうかと思います。(ちょっと検索をかけただけですが。)まだ確証を得たわけではありませんが、ちょっと誇らしげな気分です。
短いですが、今回は以上です。ご覧くださってありがとうございました。