川と駒場

 

駒場には川が流れていました。

 

おそらく初めて聞いた方はびっくりされるでしょう。

この川は、今も流れています。

 

一部は駒場商店街近くの暗渠として。

そして一部はキャンパス内に。

 

坂下門を入ると左手にちょろちょろと流れる小川がありますが、これです。

 

www.ut-life.net

www.ut-life.net

 

ここに書いてあるので、興味がある方はご覧になってみると面白いかもしれません。

 

 

駒場と"川"といえば、駒場池(一二郎池)も昔の川の名残だったという話も聞いたことがあるかもしれません。

 

キャンパス内において、昔の川の名残が"池"という形で残っているのは、"現在では"、駒場池のみです。

 

そう、現在では。

 

過去には実はもう一か所あったのではないか…ということをいま考えています。

 

坂下門付近を流れている川は、明治30年の駒場の地図によれば、当時は銀杏並木より北のほう(現在の野球場の近く)を水源としていたようです。

 

そして、1970年代の駒場の住宅地図を見ると、野球場の西に池のようなものが確認できます。(今はおそらく存在していません。地図上でしか確認していませんが。)

 

上の二つのことを考えると、この池も川の名残だったんじゃないだろうかと推測されます。

 

で、おそらくこのことはまだネット上で調べている人がいないんじゃなかろうかと思います。(ちょっと検索をかけただけですが。)まだ確証を得たわけではありませんが、ちょっと誇らしげな気分です。

 

 

短いですが、今回は以上です。ご覧くださってありがとうございました。

再開

タイトルを「久しぶりの更新」としようとしたんですが、まあいつも久しぶりの更新なのであれだなって思って、このタイトルに。

 

再開します。駒場のお勉強を。

 

先週くらいまで長期間、それどころではないほどに忙しくてなかなか進まず、ここまで来たという感じで。でも、その忙しさも一区切りついたので、そろそろお勉強を再開しようかというところです。

 

あと、そのお勉強の成果のアウトプットとして執筆する駒場の記事ですが、別の場所で書くかもしれない機会を得ました。本当にありがたいことです。

 

有識者の方にむしろもっと教えていただきたいくらいの知識量しかないですが、いずれにせよ、とにかくありがたいことです。勉強してまいります。

 

記事が出る際は、はこちらで告知します。

 

短いですがこれで終わりです。はい。

駒場の土地についての雑記

試験が終わったので久しぶりにそれなりの文字量の記事を更新します。

 

今回興味をもって調べてみようと思っているテーマは、現在東京大学駒場Ⅰキャンパスが立地している土地がどのように利用されてきたか、です。あまりに大きなテーマな気がしますが、長い時間をかけて取り組めればいいなと考えています。(飽き性なので続くかはわかりませんが。)

 

まず、駒場Ⅰキャンパスの土地がどのような歴史を歩んできたのか、明治期から概略を見てみましょう。東京大学農学部のウェブサイト「東大農学部の歴史」(

東大農学部の歴史 - トップページ

)を参考に簡単に記すと、駒場Ⅰキャンパスの土地を占めた機関は、農学校→駒場農学校→東京農林学校→帝国大学農科大学→東京帝国大学農学部第一高等学校東京大学教養学部、と変遷しています。大まかにいえば第一高等学校東京帝国大学農学部との敷地交換が行われる以前と以後でだいぶ毛色が変わっているようです。交換以前は東京大学農学部の前身たる農学系の教育機関が立地し、交換以後は第一高等学校とその流れを汲む東京大学教養学部が立地しています。

 

このように長い歴史を持つ土地ですが、まず着目するテーマとして、今後しばらくは、東京大学教養学部発足以降の建物の変遷について書いていきたいと思っています。もっとも、東京大学教養学部発足時には第一高等学校時代の建物も相当数残存していると思われるので、第一高等学校にも触れることになりそうです。

 

今後書くことになりそうなトピックとしては、駒場寮に関すること、駒場図書館の変遷、「101号館」「102号館」などの名称について、体育館の変遷、情報教育棟について、学生会館とキャンパスプラザについて、一二浪池周辺の建物について、などを考えています。駒場寮取り壊しとそれに関連する問題は学部と学生側が裁判で争った経緯がありますが、今回の記事ではあくまで建物の変遷をメインに扱っていこうと考えています。

 

なお、駒場には駒場Ⅱキャンパスというキャンパスも存在しますが、調べる情報量が膨大になってしまうので、これについては当面はあまり触れない方針でいきたいと思います。

 

また、情報源をしっかりと示すのがベストですが、学術論文ではなくブログですので情報源の示し方が疎かになることも予想されます。同様に、情報の正確性には注意を払っていきますが、一部正確でない場合がありうることもことわっておきます。まあブログですのでね。

試験が終わったら

駒場の建物について調べてまとめてみたい。とくに駒場寮の変遷とか旧2号館とかについて書けたらいいなと思っています。とりあえずは試験を乗り切らねば。

今年見た映画

 

バットマン vs スーパーマン ジャスティスの誕生(原題:Batman v Superman: Dawn of Justice)(監督:Zack Snyder)

シン・ゴジラ(監督:庵野秀明

君の名は。(監督:新海誠

FAKE(監督:森達也

チリの闘い(原題:La batalla de Chile)(監督:Patricio Guzmán)

無垢の祈り(監督:亀井亨)

時計じかけのオレンジ原題:A CLOCKWORK ORANGE)(監督:Stanley Kubrick

ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅(原題:Fantastic Beasts and Where to Find Them)(監督:David Yates)

紅の豚(監督:宮崎駿

鬼が来た!(原題:鬼子来了)(監督:姜文

Trainspotting(監督:Danny Boyle)

ついに。

小沢健二がついにレコーディングをはじめたようで。

まさか出してくれるとはなあ。

 

もっと言えば、ライブ音源とか映像とかを、アルバムと一緒に出してくれないかなと思う。ライブにはかなわないだろうけど、ライブの興奮を思い出せるものとしてあったらいいな。

アルバム未収録曲たちも勢いで出してくれたりなんかしないかな、なんて。「back to back」とか「恋しくて」とか「春にして君を想う」とか。この曲とか。この曲とか。


小沢健二/戦場のボーイズ・ライフ


www.youtube.com


小沢健二 ある光

 

映画『FAKE』を見ました。

ユーロスペースという渋谷の映画館で映画を見てきた話です。

01. 稀にしか映画を見なかった僕が、今日一人で映画を見に行った10の理由

そもそもあんまり映画を見る習慣がなく、たとえば、

英語の教科書とかで出てくる

 ケンタ「あなたの趣味は何ですか?」

 トム「映画を見ることです。」

みたいな例文を見て、「ああ、おれ映画ってそんな頻繁に見ないな」とか思ったり、

雑誌とかで芸能人とかが答えてる

 趣味:カフェめぐり、映画鑑賞

みたいなプロフィール欄を見て、「ああ、おれ映画ってそんな頻繁に見ないな」とか思ったり、(カフェめぐりもしません)

ひとに好きな映画とか聞かれたときに(1年に1回あるかないかくらいの頻度でしか聞かれたことないけど)、ああ、おれ映画ってそんな頻繁に見ないな」とか思ったり、そんなくらいにしか映画を見なかったんですが、

今年は、夏休みに入ってから、高校同期と『シン・ゴジラ』観に行ったり、この間『君の名は。』を観に行ったりして、知らぬ間に人生の中で最も映画を見てる時期になってしまってます。

 

それで、今日『FAKE』を見に行った経緯は、

YouTubeで『君の名は。』の予習のために、新海誠さんが出てた回の「THE HANGOUT」(川田十夢の曜日の)を聴いた。


J-WAVE THE HANGOUT 川田十夢 2016年8月16日 with 新海誠

おすすめ動画にその番組の動画がいくつか出てきた。

森達也出演回を見つけて、視聴。(屠場を扱った同氏の本を読んだことがあったので名前は知っていました。てか、「とさつ」って打って「屠殺」って変換できないのね。「とじょう」はできたけど。)


J-WAVE THE HANGOUT 川田十夢 2016年6月14日 with 森達也

番組内で『FAKE』の話をしてた。

以前『FAKE』見たいな的なツイートした気がするなー、見よっかなーっと思う。

見る。

 

という感じです。よくある新書のタイトルみたいに「10の理由」とかふざけて書いたけど10も理由ないです。「ただ一つの理由」です。なんかたまに出てくる某氏のウェブ広告の過激なタイトルみたい。

 

( !! 以下、ネタばれあります。これから見る予定の人はやめといたほうがいいかもしれないです !! )

 

02. 結局は、n次情報(nは2以上の自然数

思うことはいくつかありますが、いちばん言いたいことは「終わり方が好き」ということです。さっそくネタばれになってしまいますが、この映画の終わり方は、以下の通りです。

 

佐村河内氏、新曲を完成させる。

新曲をバックに流しつつエンドロールが流れる。

森氏、「ぼくは2人(佐村河内夫妻)を撮りたかった」との旨を夫妻に伝える。

新曲をつくる過程で佐村河内氏が快復。

長期間にわたり佐村河内守に取材を続けた森氏が、佐村河内氏に対して「これが最後の撮影になると思う。それで質問があります。何か私に隠していることはありませんか?」という旨の質問をする。

佐村河内氏はしばらく沈黙。

観客は返答を待つ。

突然画面が暗くなり、終演。

 

この終わり方には「おおっ」と思いました。(ここでブチって切ったら面白いだろうなって思ってたので、余計に、「おおっ」ってなってました。うーん、なんか自慢みたいでイヤだな。)

 

くわしく言えば、

映画を通して、任意の人間がm次情報を編集して(m+1)次情報として発信する過程で情報を取捨選択する際に編集者のバイアスがかかる、ということが伝わってくるのですが、

それを伝えているこの映画『FAKE』もまたn次情報(n≧2)であるという入れ子構造が皮肉だなあ、と思うわけですね。そこが好きでした。

 

また、この編集に伴うバイアスについて重要だと思ったのが、劇中で森氏が佐村河内氏に語っているように、(佐村河内氏がバラエティ番組出演を打診されるシーンがあるのですがそれに関連して)バラエティ番組を作っている人間は信念などなく、今ある材料でどれだけ面白くできるかを追求している、ということです。

信念などないと言い切るのは拙速な印象も受けます(おそらく劇中での森氏の発言は「真実を伝えるという信念」というような意味で使っていたような気がするので、その意味では正しいと思います)が、バラエティ番組制作者の目指すところはもちろん面白いバラエティ番組を作ることであって、だからこそ、真実を伝えることより面白くすることが重視されるのは当然です。

であればバラエティ番組制作者は一連の騒動について無意識に「イジり」つづけることになるのも理解はできます。一職業人としては正解とも言えるのではないか、ということです。善悪の評価は別としてね。理解はできます。おそらく彼らの業務内容としては満点なのでしょう。面白い番組を作ったのだから。(まあ、何回も繰り返しイジるのも飽きてくるので、ほどほどにしてほしいですけどね。最近の「東大生」イジりにせよ、ね。)

ただ、そういった番組を見るたびに佐村河内氏自身はすり減っているのだろうなあ、と映画を見ながら思いましたが。

 

03. 学校の先生に褒められそうな模範解答的で凡庸な結論

なんかダラダラと述べてきましたが、結局は、バラエティ番組制作者もそれで飯を食ってるし、たぶんテレビ(およびその他メディア)に期待しても何も変わらないと思うので、編集に伴うバイアスがかかっているということを認識したうえで各種情報に接するしかないのだろうな、という模範解答的で凡庸な結論に至りました。

あとは、個人的なことでは、一次情報に接する機会を増やそうということは感じました。これも凡庸ですけれどもね。具体的な形としては、自分にとっては旅行や街歩きなのではないかと思います。これまでも何となく思っていたことだったので、ああ、今まで考えてたこと、やっぱり正しかったか、と思いました。(ここでも、映画を見たあとで自分に都合のよい部分だけを選択して、自分の考えを肯定する道具として恣意的に利用しているという点で、編集者つまり僕のバイアスがかかっていますね。まあ、そもそも感想なんてそんなものかもしれませんが。)

 

04. おわり

以上、思ったことを多少整理したつもりで(足の踏み場もなかったゴミの山のような部屋が、足の踏み場くらいはできたってくらいには整理したつもりで)書き連ねてみました。駄文・長文失礼しました。ここまで読んでくださった方がいらっしゃたならば、本当にありがたいことです。反響などもあったら直接会った時にでもお話しできたら幸いです。

 

それでは、ありがとうございました。

 

おまけ. 映画を見たあと

ぼく、映画を見たあとはわりと一人で余韻に浸るというか、ぼーっとしたり、何となく思ったことを自分の中で反芻したりしちゃうので、人と映画を見に行った時もあんまり感想を言い合ったりするのが得意ではない人間でして、人と一緒に映画見に行くと申し訳ない感じになっちゃったりします。一緒に見に行った人たちには毎回ごめんなさいって感じです。